大陵苑(天馬塚)
[デヌンウォン] Tumuli
Park
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| 新羅古墳群の中で最も大きい規模 |
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慶州の皇南洞にある大陵苑は古墳群の中で最も大きい規模です。正式名は大陵苑といい、およそ12万5,400坪の敷地に23基の古墳が保存されています。昔、園内には180余棟の民家が住んでいましたが1970年代浄化作業後、いまのようにきれいに整備されました。
被葬者がわかっているのは新羅第13代味鄒王陵(在位262年〜284年)の古墳だけ。古墳はどれも大きく、新羅時代の王様もしくは王族の古墳と見られています。夫婦で合葬された双子山型の古墳もあります。 古墳の周囲は青々とした松林で、春はレンギョウ、秋はサルスベリの紅葉が美しくいです。大陵苑の見学のハイライトは、1973年に発掘調査後その内部が公開されている「天馬塚」、大陵苑と名前が由来した「味鄒王陵」、そして慶州古墳で規模が一番大きい「皇南大塚」などがあります。
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[天馬塚・チョンマチョン]
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天馬塚は155号古墳とも呼ばれ、内部には発掘された遺物を直接展示されていて大陵苑の古墳の中で観覧客の足が絶えないところです。 天馬塚の発掘作業は1973年4月から12月まで進められました。最初は皇南大塚を発掘する予定になっていましたが、その前に試して見るという感じで先に天馬塚を発掘するようになったのです。その結果、予想外の大きな収穫を得られ、当時たいへん大騒ぎになりました。
発掘結果この墓は5世紀末から6世紀の初頃に作られた積石木槨墳でこの古墳からは金冠を始め、各種の装身具、武器、馬具など11,526点の遺物が出土されました。この古墳からは白樺の皮に絵かれた天馬図が発掘されましたので天馬塚と呼ばれるようになりました。
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[味鄒王陵・ミチュワンヌン]
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「三国史記」に味鄒王は民に対する精誠が高く、五人の臣下を各地に派遺し、民の哀歓を聞くようにしたと伝えています。在位23年で亡くなると、『大陵に葬式を執り行った』と記録がありますが、ここから大陵苑という名前が由来したと言います。 鶏林で誕生した金氏の姓の初めての王様であり、金閼智の7世の孫味鄒王の陵であるこの古墳は、別名竹長陵とも伝えます。
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[皇南大塚・ファンナムデチョン]
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東西の長さが80m、南北の長さが120m、高さが25mにもなる巨大な陵で、新羅古墳の中で規模が最も大きい物であり、別名98号古墳と言います。 1975年の発掘調査記録によりますと、北の陵は女性、南の陵は男性の墓だったと言います。北陵からは金冠、首飾り、腕輪などの装身具数千点が、南陵からは武器類が主だった2万5千余点の遺物が発掘されたと言います。
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DATA・・・・・
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| 文化財指定:世界遺産「慶州歴史遺跡地区」
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| 住所:慶北 慶州市 皇南洞
89−2
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| 電話:(054)772−6317
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| 入場時間:[冬]08:00〜17:00|[夏]08:00〜18:00
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| 入場料:1,500ウォン(子供:600ウォン)
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| 駐車料:2,000ウォン(大型:4,000ウォン)。
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ACCESS・・・・・
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| 慶州ターミナルから市内バス70番に乗って大陵苑の正門で下車。市内バス41番に乗って大陵苑の裏門の方に降りて歩いて入る。
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