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金庾信将軍の墓(キムユシンジャングンミョ・김유신장군묘)
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| *エリア:慶州近郊(西岳) *ジャンル:史跡/記念物/古墳・陵 *観光目安時間:30分
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三国統一に生涯を挙げた新羅の英雄が眠る陵墓 |

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新羅時代第27代の善徳女王から第30代の文武王まで歴代の王に仕え、三国統一に生涯を挙げた新羅の英雄、金庾信(キム・ユシン/AD595~673年)将軍の陵墓。 将軍は百済や高句麗との戦いで活躍し、司令官として新羅による全国統一に尽力したといわれます。
墓は美しい円墳で、どんな王陵にも引けを取らない立派なもの。雄壮で封墳の基部には屏風のように板石を護石として設置しており、円墳の周りを囲む護石には武器を持った十二支神像が刻まれています。
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[金庾信(キム・ユシン)将軍]
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軍三国時代の名将・金庾信将軍は金官伽耶国の金首路(キム・スロ)王の12世孫で15歳に花朗(ファラン)になり、竜華香徒(ヨンファヒャンド/新羅時代に仏教と一般信仰を共に信じた仏教信仰団体の一つ)を統率し、17歳の時には断石山(タンソッサン)などで学問と武術を修練しました。 将軍は新羅が三国統一の偉業を果すのに大きく貢献し、文武王の時には「太大角干」という官爵に就きました。
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見学ポイント
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●金庾信将軍墓の護石
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金庾信将軍墓は、高さ3.5m、周りが50mの大きな墓で、封墳の下には屏風のように板石を護石として巡らし、護石の所々には普段着の姿に武器を持った十二支神像が配置されています。 護石の十二支神像は、新羅中期以後の王陵とは異なり、普段着の姿で着こなしの流麗な表現が素晴らしい作品であります。
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DATA・・・・・
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| 文化財指定:史跡第21号
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| 住所:慶北
慶州市 忠孝洞
山 7-10番地
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| 주소:경상북도
경주시 충효동 산7-10
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| 電話:(054)749-6713
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| 入場時間:[冬]08:00~17:00、[夏]08:00~18:00
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| 入場料: 500(子供: 200)
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| 駐車料:なし
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ACCESS・・・・・
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慶州バスターミナルから乾川方面の橋を渡って右側に約1.2キロ歩くと陵墓が見えてくる。
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